幽顕(ゆうけん)
神道ではこの世界は、私たちが生きているこの世界と、目には見えない神の世界との二つより成り立っていると考えていました。 目に見える現実世界、人間の世界のことを「顕世(うつしよ)」または「顕界」といいます。
人間の目に見えない幽冥の世界で、神の世界のことを「幽世(かくりよ)」「隠世(かくりよ)」「幽冥(かくりよ)」、または「幽界」といいます。当てられた漢字がいくつかありますが、”かくりよ”だけの話をする時は「幽冥」の漢字を使うことが多いようです。
顕と幽、並べると顕幽となりますが、幽顕(ゆうけん)ともいいます。出雲大社教の機関紙の名前はその「幽顕」です。
日本書紀の国譲りの話の一つに、この顕世幽世の話が出てきます。 大国主大神はこの日本の国作りをされましたが、高天原から降りてこられた皇孫にお譲りすることになりました。この時に高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)がこう語られました。
「夫(そ)れ汝(いまし)が治(しら)す顕露(あらは)の事は、是(これ)吾孫(すめみま)治すべし。汝は以(もっ)て神事(かみのこと)を治すべし。」
あなたが治めていた地上の世界のことは、皇孫(天皇)が治めます。あなたは神の世界のことを治めて下さい、という意味です。
「又汝が住むべき天日隅宮(あまのひすみのみや)は、今作造(つく)りまつらむこと、」
その他に、大国主大神のお住まいとして壮大な宮殿を建てたりして、配慮することを約束されます。宮殿は出雲大社の起源とされています。
「又汝が祭祀(まつり)を主(つかさど)らむは、天穂日命(あめのほひのみこと)、是なり」
そして、祭祀は天照大御神の第二の御子神である天穂日命が務められることになります。事実その通りに天穂日命の子孫が代々出雲国造、出雲大社宮司を襲職し、現在も千家家が受け継いでいるのです。
そこで、これらの提案を大国主大神は喜んでお受けになります。
「天神(あまつかみ)の勅教(のたまふみこと)、如此(かく)慇懃(ねむごろ)なり。敢へて命(おほせこと)に従はざらむや。吾が治す顕露の事は、皇孫(すめみま)当(まさ)に治めたまふべし。吾は退(さ)りて幽事(かくれたること)を治めむ」
天つ神のおっしゃられることは、このように丁重である。命令に従わないわけにはいきません。私が治めている地上の世界のことは皇孫が治めて下さい。私は去って、神の世界のことを治めます、という意味です。大国主大神が提案を受け入れられたことを聞き、高皇産霊尊は大神のこのように言われました。
「八十万(やそよろず)の神(かみたち)を領(ひき)ゐて、永(ひたぶる)に皇孫の為に護り奉れ」
神々を率いて、皇孫(皇室)の為に祈れ、ということです。この時から大国主大神は皇室、天皇、そして日本の国を神の世界からお守りする神さまになられたのです。二つの世界と、行われている事をまとめますと
この世=顕世 顕事(あらわにごと)、現事(あらわのこと)
あの世=幽世 幽事(かくりごと)、神事(かみのこと)
ということになります。あの世というと死後の世界のことを思い出しますが、幽世にももちろん死後の世界が含まれています。それだけではなくて神の世界全体のことをいうのです。これが出雲大社が神社の中でも非常に重要視され、また大国主大神が篤く信仰される理由でもあるのです。
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<このページの筆者>
中島隆広 : 出雲大社紫野教会、教会長
昭和46年京都府生まれ。名古屋大学経済学部卒業、会社員の後、パソコン部品のインターネット通販の会社を起業して経営する。会社売却の後、國學院大學神道學専攻科に入学し、神主となる。
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